▫️ “証を残したい”と願った父。私が選んだ記憶のカタチのペン

父の思い出のボールペンのイメージ 道具と暮らし

それまで元気だった父が、「今日はお酒をやめておこうかな」と言った日から、
今までの日常が変わり始めました。
そのあと検査をして、ガンだとわかりました。
気づいたときには、すでにかなり進行していて——
父は、自分が思っていたよりずっと早く、この世を去ることになったのです。

病院のベッドで父は、こうこぼしました。
「失敗したな、何の準備もしていなかった」
「もう少し早く色々考えないといけなかった」
きっとその時は、死を覚悟していたのだと思います。

そして
「自分が亡くなったら、兄弟に“自分を思い出す品”を贈ってほしい」
それが、父が残した最後の願いでした。

残された私たちは何がいいか考えました。
よく考えれば、何がいいかなぜ聞かなかったのか自分でも不思議なのだけど、
きっと、日々変わる体調の変化に気持ちが一杯になっていて、
そんな事を聞くという事すら頭に浮かんで来なかったんだと思います。

生前父はとても真面目で、勉強熱心な人でした。
だから、ボールペンにしようと決めたんです。

父の想いを刻んだ1本


そして一本一本に、父からだとわかるメッセージを刻み、兄弟の方々に贈りました。
その時、私たちの分も一緒に。

実は、私は父のことを「手放しで大好き」とは言えない関係でした。
昭和の人らしく、とても厳しい人。
私を応援するというよりも、危険を避け、安全な道を選ばせようとする人。
当時は、少し煙たい存在に感じていました。

けれど今では思います。
「安全に暮らせるように」というのが、父なりの愛情だったのだろうと。

このボールペンを見ると、そんな芯の通った父の姿を思い出します。
そして、何か大切な契約書や、大事な文章を書くとき、私はこのペンを手に取ってしまいます。
不安なときでも、父に見守られているような気がして、心強くなれるからです。

父は兄弟の末っ子でしたが、他の兄弟より早く逝ってしまいました。
お兄さんは、両親が早く亡くなっていたので、父にとっては父親代わりで、
いつも温かく弟を見守ってくれている存在でした。
なので父が亡くなった時には、
「弟の葬式に出ることになるなんて・・・」ととても気落ちしていました。
そのお兄さんが、そのボールペンを持って新幹線に乗って東京に行ってきたと嬉しそうに笑っていた事をよく思い出します。
今ではお兄さんも亡くなって、その息子さんが大切に使わせていただきますと
メッセージをくれたのがとても嬉しかったです。

たぶん、他の人から見たら、ただのボールペン。
でも私達にとっては、父の記憶が宿った「証」なんです。

父が選んだものではないけれど——
このペンは、今では私にとって、とても大切な物になりました。

これからも、きっとこのペンに励まされながら一緒に生きていくんだと思います。

あなたにとっての“記憶のカタチ”って何ですか?

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