この記事は、母が脳梗塞になった日のシリーズ3話目です。
母が脳梗塞になったとき、わたしは脳梗塞のことを何も知らなかったので、
「もう歩けなくなるかもしれない」
「もしかして元の生活には戻れないのかもしれない」
と、かなり悲観していました。
でも、入院から約3ヶ月後。
一度は歩けなくなった母が、杖を使わずに家へ帰ってきました。
その姿を見て、
「あのとき思っていたほど、終わりではなかったんだ」
と、今は思っています。
もちろん、脳梗塞の状態や回復には個人差があります。
でも、今まさにご家族が脳梗塞で入院されて、不安でいっぱいになっている方に、
「リハビリでここまで戻れることもあるんだ」と知ってもらえたら。
そして、ほんの少し明るい気持ちになっていただけたら嬉しいです。
2週間が経って、リハビリの部屋へ移動
入院して2週間ほど経った頃、母はリハビリのために部屋を移りました。
それは点滴治療が終わり、次の段階に入ったということです。
その頃の母は、まだ「腕が重い」と言っていましたが、
左腕は上に上がるようになってきていて、指も少し曲げられるようになっていました。
ただ、握力はまだ弱かったです。
そして立つことはできるけれど、まだ歩くことはできず、移動は車椅子という状態でした。
新しく移った部屋は、前の部屋より上の階にあって、
窓の外には視界を遮る建物がなく、眺めがとてもよく、夕日がきれいに見える部屋でした。
病院なので不安な気持ちにはなるけれど、その部屋を見たとき、少しホッとしました。
「ここなら、少しは気分よく過ごせるかもしれない」
「滅入らずにいられるかもしれない」
そんなふうに思ったからです。
実際、その部屋にいた母はいつも機嫌よさそうにしていたのが印象的で、
入院中であっても、窓から見える景色や部屋の環境は、気持ちに影響するのだと思いました。
リハビリを頑張る母
実はあの頃、コロナの影響で病室に行けるのは親族のみ。
しかも、1日20分だけと決まっていました。
そのため、母が実際にどんなリハビリをしていたのか、わたしはほとんど見ることができませんでした。
ただ病室に行くと、いつもその日の予定を書いた紙があって、何のリハビリで何時からかが記されていました。
毎日予定が違うので、病院へ行っても、母がリハビリ中で病室にいないこともよくありました。
面会できる時間も、たしか午後2時から5時までのように決まっていたので、なかなかタイミングも合わなかったり。
リハビリは、立つ練習から始まり、歩く練習、指のリハビリ、言語のリハビリなどだったようです。
最初は車椅子で移動していた母でしたが、
そのうち面会に行くと廊下で歩いているのを見かけるようになりました。
その姿を見たとき、「あ、歩けてる・・・すごい」と思いました。
もちろん、元通りというわけではありませんが。
リハビリはかなり疲れるようで、面会に行くと寝ていることもよくありました。
それでも、少しずつできることが増えているのはわかりました。
その頃の母の目標は、
「杖なしで家に帰ること」 でした。
母はそれをリハビリの先生に伝えて、一生懸命メニューをこなしていたようです。
最初は、これからどうなるんだろうと不安でした。
でも、廊下で歩く母の姿を見るたびに、
「もしかしたら、すぐに退院できるかもしれない」
「家でも普通に生活できるかもしれない」
そんなふうに、少しずつ思えるようになっていきました。
退院前に、家に帰る準備を始めた
「そろそろ家に帰れるんじゃないかな」と思い始めた頃、担当の先生から説明がありました。
先生は、
「お母さん、お元気ですよ。もういつでも帰れそうです」と言ってくれました。
その言葉を聞いて、安心したのですが、
病院で大丈夫だからといって、そのまま家でも大丈夫とは限りません。
病院は段差が少なく、車椅子でも歩行練習でも動きやすい環境です。
でも、わが家は昭和の築古の家。
段差もあるし便利な家ではありません。
そのため母が帰ってこられるように、家の準備を始めることにしました。
病院では、家に帰ることを想定して、階段を上がる練習や、少し段差のある外回りを歩く練習も始まりました。
作業療法士の先生には事前に、家の間取りや写真をまとめたものを提出し、
それを元にどうすれば少しでも安全に暮らせるかなど、具体的にアドバイスをもらいました。
本当に玄関を上がれるのか。
お風呂に入れるか。
トイレや寝る場所は大丈夫なのか。
介護認定の申請もして、手すりとベッドを借りられることになりました。
そうなると、「なんとかなるかもしれない」と思えたのを覚えています。
ただ、家の中の準備は本当に大変でした。
それまで母は布団で寝ていたのですが、退院後はベッドで寝られるように準備する必要がありました。
そのために、まずベッドを置くスペースを考えなければいけません。
さらに、母が1階のみで生活できるように、押入れをクローゼットとして使えるように整理。
服や日用品を取り出しやすくするために、家具を動かしたり、いらないものを処分したり。
これが、とんでもなく大変。
しかも、その頃、姉は不安からなのか、腸に穴が空いて、別の病院に入院してしまいました。
結局、家の準備はほとんど全部、わたし一人でやることになりました。
一人で考えて、
一人で家具を動かして、
一人でいらないものを処分して、
一人で母が帰ってこられる場所を作りました。
そのときはもう必死だったんです。
今思うと、
「誰もいない」と思ったら、人間ってけっこう何でも出来るんだなって思います。
もちろん大変だったし、誰かに手伝ってもらいたい日もあったんですけど、
でも、母が帰ってくる場所を作るために、
火事場の馬鹿力みたいなもので動いていました。
3ヶ月後、家に帰ってきた
結局、母は入院から3ヶ月後に、杖も使わずに家に帰ってきました。
担当の先生からは、
「もう家に帰っていいので、退院日を決めてください」と言われたのですが、
母は、「もう少しリハビリしたい」と言い出しました。
そんなことを言う患者さんは初めてだと、先生も驚いていました(笑)
ただ、入院費用もかなり高額だったので、わたしは母に、
「お願いだから、早く退院して」と言ったのを覚えています。💦
左手と左足が動かなくなったのを見たあの日のわたしは、こんな日が来るなんて思ってなかったと思います。
杖を使うのと使わないのでは、本人の生活のしやすさも、支える家族の負担もやはり違います。
だから、杖なしで家に帰ってきてくれた母には、本当に感謝しかありません。
もちろん、すべてが元通りではありません。
今でも足のしびれはありますし、左足は少し力が入りにくそうに歩いています。
それでも、一度動かなくなった体が、リハビリによって少しずつ動くようになっていく。
その変化を実際に目で見て、「リハビリって本当にすごい」と感動しました。
そして、この経験からわたしが学んだことは、リハビリの力と、人間の意思の力です。
たぶん、どちらか一つでも欠けていたら、今の結果にはつながらなかったのではないかと思います。
病気の発見が早ければ、退院後の生活を、以前に近い形で送れる可能性もあります。
発見が遅かったとしても、回復期といわれる時期に地道にリハビリを続けることで、少しずつ良くなっていく患者さんも見かけました。
回復の仕方には個人差があります。
でも、
「こうなりたい」
「家に帰りたい」
「杖なしで歩きたい」
という本人が意思を持ってリハビリに向き合うことで、思っていたよりも良い結果につながることもある気がしました。
脳梗塞になったからといって、そこで全部が終わってしまうわけではない。
あの日わたしは、もう終わりかもと思っていました。
でも、3ヶ月後に杖なしで家に帰ってきた母を見て、「そうでもなかったんだ」と思いました。
今まさに、ご家族が脳梗塞で入院されて不安な方に、少しでもこの経験が届いたら嬉しいです。
そして母の姿を見て、わたし自身も、これから先に何かあったとしても、
きっとなんとかなるかもしれないと思えるようになりました。
根拠のない自信みたいなもの、別の言葉で言うなら、「勇気」をもらったんだと思います。
このお話は前回からの続きになります。まだ読んでいない方は、こちらからご覧ください✨




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