この話は、私の母が脳梗塞になった日のことを書いてます。
不安な気持ちでいっぱいで、母の入院の話や退院後の事に向き合った話です。
自分の足で歩いて帰ってきた母を見て持てた希望とそばにいる家族の話。
今不安なあなたが、こう言う人もいるんだと知り何かの希望になったら嬉しいと思います。
入院後、症状は悪化した😳
入院した日は自分で歩いて病室に行った
母が「足に力が入らない」と言った日、
私にとっては長く長く感じた日でした。
実際入院手続きを終えて、家に帰ったのは夜の10時くらいで
さすがに、ご飯を作る気にはなれず、1人でUFOを食べて、
明日もっていく物の準備をして不安な気持ちで眠った。
深く考えると、震えてしまいそうでやることを淡々と遂行するという感じでしょうか・・・
とりあえず、今日の任務完了
翌日、午前中から荷物を持っていくと、母は大部屋は嫌だと言っていた割には、
周りの人とうまくやっている感じだった。
なんとなくホッとする。
昨日とはそんなに変わり無い雰囲気だったので、荷物を取りやすいように整理をして
購入したTVカードを、棚の引き出しに入れて帰りました。
突然病院から電話がきて・・・悪化の知らせ><
大ごとになってないみたいで、良かったと安心した翌日の朝、
病院から電話がかかってきた。
「すみません、お母さんが転んでしまったんです。申し訳ありません」
という電話💦
ただ大丈夫だから、これからはちゃんとしますみたいな内容だったと思います。
その日は、病院にいく予定がなかったのですが、
一体何が起こったのか確認をしに姉と行くことに。
病院に行くと、母はベッドに横になっていて私たちを見つけると起き上がって
「実は、昨日の夜TVカードを取ろうと思って動いたら、
左半身が動かなくて転んでしまった」
と言った。
わたしは訳が分からず、なんで入院してるのに悪化して、左足も左手も動かなくなるの?って
頭がぐるぐるしてしまいました。
先生からの説明があるとのことで説明を聞くと、
軽傷の脳梗塞の場合、あとから症状が悪化することはよくある事なんだそうです。
「ふーん」って、なんとなく感情を失くしてぼーっと聞いて、
そして「これから本当にどうしよう?」ってそれが頭から離れなくなりました。
私が不安になった理由
突然の姉の病気と家族内の空気
本当にどうしよう?っと頭が真っ白になったのには、理由があります。
実は姉が20代でリウマチを発症し、今も病気と付き合ってます。
わたしは、近くで体を使えなくなっていく姉を隣で見てきました。
人の体って、壊れるんだ・・・どうしようもない悲しい気持ち。
その姉のサポートもあるので、わたしの家には自分の事は自分でなんとかする、
なんとかしなくてはいけないという暗黙の了解がありました。
だからこそ、母まで歩けないと言うことになると
わたし1人ではとてもじゃないけど背負いきれない。
たぶん母もそのことは良くよく頭の中にあったんだと思います。
迷惑をかけたくないって思っているんじゃないかって><
だれも、口には出さないけどうちにあるルールみたいなもの。
それが今崩れようとしている
本当に崩れてしまったら・・・
わたし、やっていけるのかな?
まったく「no idea」
母の回復を願いながら、これからの生活の方も気になって
ざわざわした気持ちで家に帰ったと思います。
入院からおよそ2週間のこと
入院していて良かった
結局、転んだあとすぐに治療を始めてもらえたので、 やはり入院していて良かったと思いました。
今振り返るとあの時、家に帰っていたらと思うと、怖くなります。
夜にお手洗いに起きた時に倒れてしまったら、私たちはすぐに気がつくことができたかわかりません。
個人の部屋で別々に寝ているので、そのまま朝まで倒れたままだったかもしれないし
気が付いたとしても、救急車を呼んで病院に行くことになるのかと思うと不安を感じます。
どの病院がいいかなんてわかりませんし、病院によって違うと言うこともその時は知らなかったのですから。
そして、悪化した時にすぐに治療を始めてもらえたことが、
その後の回復の結果につながったと思ってます。
治療とリハビリがはじまる
結局2週間ほど点滴治療を受けることになり、まず初めは指のリハビリからでした。
病院に行くと母から、
今日は指が少し動いた、
曲げられるようになってきた、
親指と人差し指がくっつくようになった、
そう言う報告を聞けるようになりました。
初めて指が少し動いたと聞いた時は、希望が見えた気がしてとても嬉しかったです。
手が使えるようになったとは言えないけど、でも一度動かなくなったものが動くようになった
それだけで感謝しかなかったです。
その頃は、お手洗いも車椅子に乗って看護師さんに連れて行ってもらっていました。
2週間目の最後の方は、歩くリハビリを始めたんだって少し嬉しそうでした。
後から聞いたのですが、母はその頃先生に
「どうしてもトイレは自分で行けるようになりたい」
と言って、普通の人より早くリハビリを始めるようになったらしいです。
そのため点滴をつけながらの歩行練習が始まったんです。
聞いたところによると、救急車で運ばれた患者さんと母が入院した部屋は階が違っていて
救急で運ばれた患者さん達は下の階で、点滴治療だけをしていたらしいです。
母はたまたま自分で病院に行ったので、早くからリハビリを始めることが可能になったんです。
それもまた「母の運」だったと思ってます。
このお話は前回からの続きになります。まだ読んでいない方は、こちらからご覧ください✨


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